vol11-vol20
ぼけと利他
余韻をもたせる。空白の部分がある。そういった委ねる要素の部分のとても多い印象。自分の生活にも必要な部分だと感じた。 話の拡張をしていく面白さがある。 他者とはなんだろう、自分という存在とはと。考えさせられる とても優しくなれる本。伊藤さんの拡張もそうだが、とても丁寧なやりとりをしている。そして時間をかけて同じ時間、場を共有しているのだなと感じた。 同じ時間を共有できること。それが分かり合えるにつながっていく 誰かがサボっているとかではなく。ただボーッとする時間がとても大事。 まんがんがんじーの言葉のニュアンスがとてもいい。リズム感も。ついつい口に出してしまうここち良さがある。 時間と空間の概念を失う、記憶が朧げになること。怖いように見えて執着から離れることができる瞬間でもある。過去、未来に人は囚われている。 場がないからこそ、孤独になりがち。だからこそ寺子屋などが必要になるのではないか。 ボケるというのはある意味悟りに近いのかもしれない。 イヌイットの「ナルホイヤ」というコミュニケーション。言葉が通じなくても、適当であったとしても、海外旅行に行った時に言葉が通じなくても通じることがある。 ものではなく人として接すること。イマココの気持ちで接するのが通じ合えるきっかけになる。
← BACK TO TOPネガティブ・ケイパビリティ
答えが出なくて耐えるのは大変だけれど、肩の力を抜いていこう どうにもならない事態でさえも楽しむ余裕を 人間は考えずにはいられない。だからこそ難しいんだ。 あなたのことを気にかけていますよということが大切。 症状だけをみて、診断をしなければいけない医者の立場もわかる。何時間も一人の患者さんのために時間を割くことができないけれど、やはり聞いてあげる環境がほしい。 インターネットで調べればすぐに答えが出てしまう。周囲の人たちと話をしながら盛り上がったり、そのことについて語り合いたいけれど、すぐに答えを調べて言われてしまうと、悲しい気持ちになる。 頑張れば報われるということを言われてきたが、それは自分の能力を超えた先にある気がする。 わからない状態を「ネガティブ」だと捉えがち。 諦めることも大事。生まれつきハードルを背負っている方については、どうしようもないことを受け入れるしかない。 目薬と日薬。なんとかしようとしているうちになんとかなる。そして私がみていますよという部分が印象的であった。 宙ぶらりんの状態は耐えられない。そこにとどまること。悲しみを感じること。その弱さも大事。
← BACK TO TOPAwe Effect (オウエフェクト)
世界は素晴らしさと感動に満ちている。 ネガティブなことばかり感じてしまう方に、夕日の綺麗さであったり。その夕日を見るだけで科学的に良い効果があるという話をすることができた。すこしでも身近な事柄に発見を見出してほしい。 スピリチュアリティーを含め、Aweを感じ取る力といおうものがあるとおもう。マインドフルネスにも近いものがあると思う。 朝日が綺麗と感じること。人生って楽しいじゃないですかと。 護摩業をを三時間ほど行ったりする時に感じたこと。 大事故に遭った後に病院の外の外気や太陽、風を受けた時の感覚。ようやくせいの世界に戻ったのかという感覚。 修行時代の断食も一種のAwe体験が。 高野山の火祭り。一種のトランス状態に陥った。太鼓のリズムに合わせて真言を唱えていく。 祖母が亡くなってから、他の家族には夢で出てくるけれども、私のところには一度も来たことがない。 10歳の時の青空日曜学校の時のお祈りの際に光に包まれる感覚にあった。崇高な体験をした。 瞑想も一種のAwe体験である。 祭りの文化がなくなってしまったことにも、新興宗教へ足を踏み入れてしまう人がいる。
← BACK TO TOP日本人の死生観
祖母がお墓参りをしないと落ちつかない人だった。これは人の習慣なのか。 仏教の由来を五来先生の本を読んで学んでいる。 あらみたまと、山と死生観。もがりの話は聞いた。 四十九日に関しても、文化と融合している。 お墓に関しても簡略化が進んでいる。 読みにくい本であった。人は死んだら怨霊になるという部分が引っかかってしまった。人の死は汚れているわけでもない。 千の風という歌の死生観。それはあるんだと思う。この歌が流行った後にお墓をしまう方々もでてきたのも事実である。 お葬式もお墓も、残った人への想念を重視している。 お墓は人生の安息所ではないのか。魂の家。 山へ帰っていく。梢つきトーバが木になり、墓地が森になっていくのはなんだかいいなって思った。 死が近づいていること、恐怖に感じている人でもあっても。徐々に気持ちが変化していって、お迎えはきましたかと聞くと、お迎えがきてくれていると。先祖が導いてくれる感覚である。 人間の喪失。悲しみ。悲しみのなかの慈悲は大切なのではないか。慈しみのこころ。慈愛。
← BACK TO TOP無理の構造
この本を読んで、私はわかったつもりでこちらに参加しているが、多分理解できないでいるような気もする。 ノコギリの法則。ルールもそうだが、法律など安全面についてはどんどん追加されているが、減っていくことがない。 PTAの仕事もしかり、昔から慣例でやっていることが多かったりする。 顧客のことを考えることができなくなっている。見失っているのではないか。 慣性の法則ではないが、何も考えずに動いてしまうとも多い。 上下関係の中では難しい、上流と、下流の部分では見えている景色が違うので意思疎通もしづらい。 さっきまでは全然気にならなかったが、一度指摘されると違和感を感じるようになる。知ってからは戻れない。 わかる人、わかっていない人。わからせようとするけれど。わかってもらえない。鈍感力というのはすごい。 そういう時は高い山に登って、東京タワーでもいいので、その上から見下ろすような視野で見るようにしている。 お経や真言にはそのものに力がある、ありがとうという言葉には力がある。だから真摯に唱えることが必要。 わかる努力をするから、仕方なさが生まれてくる。 皆と共有することでよかった。ほんの見方が変わった。
← BACK TO TOP「愛」という名のやさしい暴力
自分が子供の時。親にたいしてどのような気持ちでいたのか。大人になった今どのように気持ちが変化していったのか。その変化を感じながら読んでいた。 習い事を子どもにさせていたが、そのことについてどう思っていたかなど。押し付けていなかったかどうか。 精神科医からの目線で書かれている。全てが納得ではないが、わかりやすい構成だった。 父との関係性について、30代後半にようやく解決したことあった。父親は発達障害だったのかもしれない。 子供が引きこもりだったが、のびのびとさせていたつもりであったが、相手にされず。色々な体験ができなかった分自信を持てなかったと言われた。 喪失と得るもの両方が子育てにはある。 古典をよく読むようになる。昔わからなかったことが、年齢を重ねるとわかるようになっていく。 繰り返し読むこと。それはお経でも同じでないか。 人それぞれ違う世界を生きている。違う視点を見ている。一見同じことをしている。同じものを見ている状況があっても、見えている世界はそれぞれ違っている。 自分の中のもう一人の自分に寛容になる。認めてあげる。抱きしめてあげる。自分を味わうこと。 器を広げていくこと。
← BACK TO TOP百年思考
身近な人を喜ばせることをしているか。 バイオリンの演奏会をお寺で開いた、たくさんの人に来ていただいた。場所を提供しただけだが、親切なことをできたのではないか。 言葉が変わると景色が変わる。 自分が伝えたいことをたくさん伝えてしまう。相手のために自分のことを。相手の目線で見れなくなる。 言葉は言霊。マザーテレサの言葉。考えること→言葉になる→行動になる→習慣になる→性格になる 時間の使い方、会う人、住む場所を変えること。さまざまな会に参加するとその分、いろいろな人に出会える。 過去に医療職に携わっていた。患者さんが暴言を吐いたり、ひどい人もいる。しかし理解しよう、気持ちの良いお付き合いをしようと思っていた。 マイナスの部分を見えなくしてしまうのは勿体無いよと言われたことがあった。受け入れる。知ることは大事。 同質性の罠。自分の意見に合う人ばかりが周囲にあつまってくる。凝り固まっていく。 お寺が今後どのように機能していくか、小さな町の中でできることをやっていきたい。 相手に対してどのような生き方を見せることができるのか。残りの人生に対して問われている。
← BACK TO TOP熟達論
自分の過去を振り返ってみると、この本に書いてあるような流れで、失敗や気づきなどを得てきたように思う。 仏教的な止観の要素が書かれている。 間の哲学。演奏が楽しいから、相手に合わせるになり、全力で楽しみながらも、周りにも、オーディエンスとも一体化していく。 目新しさというよりも、体系的にとてもよくまとまっている。全ては遊びから始まる。ついやってしまうこと。 「型」とは訓練、同じような繰り返し。「観」はマインドフルネス・中心・中心軸をつかむ「空」で手放して、最終「遊び」に戻ってくる。遊戯三昧・悟りの世界で遊ぶ。 ピアニストは壮大な曲をスローで始める。自発的に意味づけを音にしていく。一音一音染み込ませていくように。 存在とは何かと巡らせること。物心がついたころから。あすってどういうこと。これってなに。私ってなんだ。なぜ生まれてきたのか。 頭の悪いあり、真面目に働くアリ。頭の悪いアリの方が、新しい道を見つけたりする。 能動的か、受動的か。サンスクリット語ベースのお経に関してもリズムがからだに合ってくる。 同じ楽器の演奏でも違う。私が奏でるのと、他の人が奏でること。 フロー、好きになる、結果が生まれる。 凡人が達人になるための方法。身体が整ってこそ。
← BACK TO TOP目的への抵抗
消費社会・経済の決められたステージに乗らない。 全体を読んでいくと、いっていることは一緒。こういう構造だよな。 自由は目的に抵抗する。哲学すぎてどうしたらいいか。不条理さを感じた。 メルケル首相の移動の自由。死者の権利。消費と贅沢が対立しているのか。 消費は限度なく駆り立てられる。豊かさとは味わうこと? じっくりと味わうには、シンプルに。周りのものを減らしていく。 リーマンショックの日比谷公園。大晦日の派遣村。 コロナ禍の中。家族と一緒に過ごす時間。オンラインでの仕事推奨。人間らしさを担保に。 水槽の中の金魚。餌は与えられる。生殖を果たすことができない。しかし危険はない。 そこにいるだけで存在価値がある。 人生の目的。何かの役に立たなければならない。もっと自分のために動くことを忘れてしまったのか。 コスパ・タイパにばかり目がいく。優先している。 オレンジの暝想。オレンジはどこからきたのか。小売、問屋、農園、オレンジの木、水・土・太陽。 人は縁起的現象。一瞬一瞬の自分、幸・不幸。縁をもらって存在している。
← BACK TO TOP西の魔女が死んだ
死は何もない。怖くて眠れなくなることも。 センシティブなまい。安心感がある。ふわっとしたイメージ。 裸足で外に立ってください。、 身体と魂とココロ。 描写がとても美しい。今ここの本である。 おばあちゃんの話は、仏教説話を聞いているようであった。 魔女の死生観。死をしっている存在。 魂、唯識。意識が作り出す物。全てがリンクしている。無我の世界。 人間は苦しみもあるが、楽しみもある。人間という状態はいい物だよ。 シャーマンの世界。起きてる・寝ている精神世界の話。魔女には近いものが。 おばあちゃんとの最後のやりとりから2年間。もやもやが。一抹の寂しさ。 アイノウ。おばあちゃん大好き。その場面でグッとくる。 小さい頃に食べたカレーライス。おいしい。大人になると甘いだけのカレーでなく、スパイスの効いたものを感じれるようになる。 バリキャリの母。一匹狼のつよさ。
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